【エッセイを書いてみた】【赤みそといのちのうた】

皆さんは『ソウルフード』と言う言葉をご存じだろうか。日本語なら、故郷の味とかお袋の味とか言うのかもしれない。

私の母は決して料理が得意というわけではなかったから、実家を出てお袋の味が恋しいなんて言うことは無くて助かったが、たまに思い出す味が無いということもない。

そのひとつが「八丁味噌」を使った赤だしのみそ汁だ。ソウルフードなんて言葉を出して、みそ汁の話をするなんてあまりにもベタが過ぎるかもしれないが、思い出してしまうのだからしょうがない。

油揚げとわかめの入った、熱々のみそ汁。どんなに疲れていても、落ち込んでいても食べられるあの味。そんな特別な料理を思いだすとき、思い出すのは味だけじゃない。

なんだか懐かしいような、切ないような感情が眉間の奥の奥の方からやってくる。3度3度食べなければならない不自由な私たち。どんな気持ちの時にも食べてきた食卓の記憶は、大げさな言い方をすれば、私たちの人生の記録でもある。

「私が死のうとも君が生きている限り、命は続く・・・」私の好きな曲の一つに『Melodies Of Life 』という歌がある。直訳すれば命のメロディー。これはその歌詞の引用である。

目を閉じながら優しくノスタルジックなこの曲に耳を傾けているとき、私が思い出す光景は母が用意してくれた「八丁味噌のみそ汁」。いつも怒られた記憶ばかりだが、思い出の中の母は不思議といつも笑っている。

この歌の中の君とは一体誰なのだろうか。それは人によっては子供なのかもしれないし、妻なのかもしれない、恋人なのかもしれないし、そうじゃなくて「人」そのものなのかもしれない。

良い音楽に出会った時にどう聞くかはその人の自由だ。

ともかく、命は続くのだ。自分がもし死んでしまっても、誰かがいてくれれば命は紡がれていく。
だから安心していい。

今度の休みには、妻を誘って母の作ったみそ汁を飲みに行こう。手ぶらでたくさんのお土産話しを持って。

もしかしたら、そんなに美味しくないかもしれないし。思い出の中の母のように満面の笑顔ではないと思うけど。

ノーブン

 

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