アルパカに乗って世界一周1日目・夜

夜10時僕は東奔竜号の甲板に出て夜風に当たっていた。
6月も後半になり真夏のように夜まで暑い日も増えてきたが、甲板で当たる夜風はヒンヤリと肌に気持ちよかった。
今頃貨物室の中で僕のアルパカは気持ちよく眠っていることだろう。
今はまだ日本の領海を進んでいるが、明日の昼までには日本の公海を離れて、東奔竜号は中国の領海に入る。
目指す東港市まではわずか3日の船旅である。
ふと頭上に目をやると、正直引くくらいのすさまじい数の星が空に見えた。
僕は甲板に仰向けになって、どこかに必ずいるであろう異星人に向かってしばしテレパシーを試みた。
「ピピピピピ・・・僕は地球という星に住むホモサピエンスと言う種族のオスです。
 ホモサピエンスは非常に知性が高く、平和とタマゴサンドをこよなく愛する生き物です。
 仲良くしましょう。何かの折には、どうぞよろしく。ピピピ・・・交信終わり。」
生き物の思考は電気信号だと言うので、僕の今のテレパシーをはるか遠くの誰かが何かの拍子に拾うこともあるかも知れない。
こういう開けた場所ではあまり、よこしまなことは考えないようにしておこうと思った。

それにしても昼間は上手くいった。

僕のとった作戦はこうである。
中国行きの貨物船の中にアルパカを紛れ込ませるところまではすぐに思いついたが、
個人のペットや動物園と言った場所へアルパカを送り込むというのは、調べてみたら案外ハードルが高かった。
実際に動物園を経営しているとか、そういった背景があれば、そう難しくはないのかもしれないが、
搬入先や取扱免許など、かなり細かく手を回さないと日本の税関を突破することが出来ないのである。

そこで僕が目を付けたのは東港市で場末の草競馬場を運営している駿馬公社という民間企業だ。
この会社は競馬と言ってもサラブレッドなどとんでもない。
正直走る馬なら何でも良いと言った風合いで安い競走馬を常に買い集めている。
そこに、日本の物好きな金持ちが破格の値段で競走馬10頭を提供。輸送費もこちら持ち、金額は商品を受け取ってからの現地払いで良いと言えば、多少の怪しさがあっても飛びつかないはずがなかった。

そう、僕はアルパカの顔の周りのモコモコした毛をバッサリとスッキリと切り落とし、競争馬に偽装して貨物船に乗り込ませることにしたのだ。
顔の周りのモコモコの毛は正にアルパカがアルパカたる所以を示すような部分だったらしく、全てキレイにそり落とすと、そこにもうアルパカはいなかった。
では、馬がいたのかと言われると、もちろんそんなこともなくて、強いて言えばラクダに似ている一匹の不気味な生き物が誕生した。
ああそうか、タテガミが足りなかったのかと思って、首の両サイドの毛も思い切って切ってみたが、
タテガミをタテガミたらしているのは、あのサラサラ感なのだということを思い知るだけの結果となった。そう言えば天然パーマの馬はいない。
馬の気性を抑えるメンコという覆面を無理やりかぶせて、他の9頭と一緒に馬運車に乗せたら、何とか形になった。やはり、木を隠すなら、
森の中、4つ足を隠すなら馬の中とはよく言ったものである。これで9頭の馬の中にアルパカが1頭混ざっていると気付けたら、
よほどの切れ者である。仮に「あれ、これアルパカじゃないのか。」と一瞬頭によぎったとしても、何でわざわざそんなことをする必要があると言うのだろう。疑念はすぐに払しょくされるはずだ。心理的な盲点を突けば人間と言う生き物は案外弱いものである。
検査の間は麻薬検査犬が10秒程ジーッと僕のアルパカを見つめて、アルパカが犬に唾を飛ばすというスリリングなシーンはあったものの、
それ以外は特に大きな問題も起きず、無事に検査を終えて貨物船に乗り込むことが出来た。
検査後に、いかにも人の好い感じの初老の検査官が「いやあ、10頭も大きな馬が集まると壮観ですなぁ」と声をかけてきたので、
「1頭はアルパカなんですけどね。」と危うくニッコリ返事をしてしまうところであった。

目を凝らしても進行方向には夜の漆黒が広がるだけで、仮に明るい昼間だとしても海の上にそんなものはあるはずもないのだが、
初めて船で祖国を離れようとしている今、僕は今まで自分が暮らしてきた日常世界とまだ見ぬ世界の境目をボンヤリと夜の水面に探していた。
(続く)

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